ベイズ統計学の一般理論の構成において広中の特異点解消定理は本質的な役割を演じる.なぜなら,KL情報量に関する考察を統一的に行うために一般形にする必要があるが,その際に広中の特異点解消定理が必要不可欠であるからである.
本記事では広中の特異点解消定理を,ベイズ統計学において用いられる形で述べる.
用語の整理
解析多様体
\(C^r\)級座標近傍系を持つ多様体を\(C^r\)級微分可能多様体というが,\(r = \omega\)のときとくに解析多様体という.
プロパー写像
位相空間\(U, V\)の間の連続関数\(f:U \to V\)について,任意のコンパクト集合\(C \subset V\)の引き戻し\(f^{-1}(C) \subset U\)がまたコンパクトであるとき,\(f\)はプロパーな写像であるという.
解析同型
開集合\(U, V \subset \mathbb{R}^n\)の間の位相同型\(\varphi:U \to V\)について,\(\varphi, \varphi^{-1}\)がともに解析関数であるとき,\(\varphi\)を解析同型という.
Atiyahによる広中の特異点解消定理のステートメント
ベイズ統計学で用いられる特異点解消定理は1970にM.F.Atiyahによって述べられた形で用いる.
特異点解消定理とは,簡単に言うと,うまく解析同型をとると与えられた解析関数を変数を何乗かしたもの同士の積に整理することができるというものである.
【噂と裏話】広中の特異点解消定理は文字通り特異点を解消するための定理であるが,Atiyahの論文では解析関数の変形を与える定理として述べられてる.しかし,Atiyahがこの形で言及するまではこのような使い方に気づく数学者はいなかったらしい.後にベイズ統計学に利用されるようになるのもAtiyahが述べた形での特異点解消定理である.
広中の特異点解消定理[1]
\(F\)を\(o \in \mathbb{R}^n\)の近傍で定義された恒等的に零でない実解析関数とする.そのとき,ある開集合\(U \supset o\),実解析多様体\(\tilde{U}\),プロパーな解析写像\(\varphi:\tilde{U} \to U\)が存在して,次の(i), (ii)を満たす.
(i) \(\varphi:\tilde{U} – \tilde{A} \to U-A \)は解析同型である.ただし,\(A = F^{-1}(o), \tilde{A}=\varphi(A) = (F \circ \varphi)^{-1}(o)\).
(ii) 任意の\(p \in \tilde{U} \)に対し,\(p\)を中心とする解析的な局所座標\((y_1, \cdots, y_n)\)が存在して,
$$F \circ \varphi = \varepsilon \cdot \prod_{i=1}^n y_i^{k_i},$$
を満たす.ただし,\(\varepsilon\)は可逆な解析関数であり,\(k_i\)は非負整数である.
これがAtiyahによる特異点解消定理である.(ii)の性質により,KL情報量を標準系に直すことができ,一般理論の考察が可能になる.
証明について
広中の特異点解消定理の証明に関しては非常に難解でとてもここで紹介できるものではない.そのため,この定理は成り立つものとして認めて使うことにする.
【噂と裏話】広中の特異点解消定理の証明は,きっちり理解している人は現役の数学者にもそれほど多くはないといわれるほど難解でかつ長いらしい.
参考文献
[1]M. F. Atiyah, “Resolution of Singularities and Division of Distributions”, COMMUNICATIONS ON PURE AND APPLIED MATHEMATICS, VOL.XXIII, 145-150, 1970.
松島与三,“多様体入門”,裳華房,978-4-7853-1305-0.
渡辺澄夫,“代数幾何と学習理論”,森北出版株式会社,978-4-627-81321-2.
渡辺澄夫,“ベイズ統計の理論と方法”,コロナ社,978-4-339-02462-3.